2004年10月05日

たとえばの話。

どうにもできない気持ちがあって、自分でも制御できないとして。
つのる想いは千路に乱れて
行く先もしれずいつか迷って
お空のかなたに消えてゆくんだわ、なんて
思わず空を見上げてため息なんてついてみちゃったりなんかして。

でもふとみれば笑顔のあなたがいて。
それはホンモノの貴方ではないけれどでも
目にしたら気持ちが揺らぐじゃありませんか、そういうもんじゃないですか。
文明の利器なんていらないなんて言えた文明開化を懐かしく想おうとしたって
その頃なんざ生まれてもいやタマゴですらないし
ていうか親の親の世代が真剣に恋をしてた時代だよまったく。

ちょっと待てよその頃はまだ恋愛の自由なんてものはなかったんじゃないか
だとすれば娘たちは、すくすく育って器量がいいだの愛嬌がいいだのと
周りの大人たちの褒め言葉に頬を赤らめて「そんなことありません」などと
純情可憐な乙女心を炸裂させている頃に
ではそろそろこの娘にも相手を探してやらなきゃなりませんね
あぁそうだなもう落ち着くころかも知れんな
それなら私のつてでステキな方に心当たりがありますがどうでしょうあなた
あぁいいんじゃないか進めておいてくれないか
そんな会話が親たちの間で繰り広げられて
気がついたときには目の前に紋付袴の青年が
育ちの良さそうな笑みを浮かべて
急に2人きりだなんて照れますね、なんて言ってくれちゃうものだから
恋なんてものは淡い憧れとしてしか知らなかった箱入り娘であるがゆえに
あっという間にフォーリンラブトゥーザッツマン。
生涯あなたと一緒にいたい。
置いてくださいヒアマイマン。
いつでもあなたの3歩後ろをついてきましたこの50年。
そして最後に思い残すは、あぁなぜ一緒に逝けないの。
老いさばらえてもともに過ごそう
あの日眺めてた横顔は
いつの日もずっとそして今も
偽ることなく隣にあった
あたしの人生幸せだった
あぁげに幸せとはこのようなものぞ。

幸せって何かね?
幸せだと思えること、なにかしら見つけようとする日々。
毎日ちいさな幸せのカケラを探して
生きていく、生きていく。

生きるって何かね?
ここに自分があるということ。
どこかであの人が笑ってること。
何かの弾みで自分を思い出している知人がいること。
無条件に愛している存在があること。
今のあたしを造ってきた経験。
それを与えてくれた人々。
じゃなければやっかいを起こしてくれたあの子。
そして。
隣であなたが頷いてくれてること。

そんな、そこらじゅうのちっちゃなことすべてに、
素直に感謝できること。

生きてゆくということ。
そんなに楽しいことばかりじゃない。

生きてきたということ。
そこには感謝ばかりだと思える日がくる。
今でなくとも。
きっとくるから。
信じたい、信じたいと思うことが始まり。

繰り返される日々の真ん中に
ひとりぼっちで取り残された気がしたのなら
ならば。
それならば。

生きているということそれだけに
感謝してみるのもいいんじゃない。


アタマガオカシクナッテキタヨママン。
posted by あこ at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 私事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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